コラム
債務整理のケース「窓がない!」
本日は債務整理の現場についてお話いたします。債務整理のWebサイトではお客さまのご要望に適した形での債務整理方法をご案内しています。整然とした並んだ段取りはとても分かりやすいものですが、その裏側を見たことのないお客さまにとっては少々事務的な印象もあるのではないでしょうか。
単なる手続きの段取りだけでは想像力は働きません。そのため、例えば債務整理とは、お客さまから着手金を受け取り、電話や手紙を使って債権者及び裁判所との間を取り持ってそれで終わりと言った考えのお客さまもいらっしゃると思います。
しかし債務整理は人と人とのやりとりです。それも極限状況に陥った方がにっちもさっちも行かない状況でやむを得ず当所にご連絡したと言うことも珍しくありません。
しばらく前のことですが、当所に緊急で債務整理のお願いがありました。「とにかく急いできてくれ」の一点張りで、場所もそう遠くないものですから駆けつけてみると、玄関の扉の間にはサラ金の名刺がハリネズミのように無数に刺さっています。典型的な多重債務のお客さまです。
名刺が扉に挟まっているということは、お客さまが債務超過のまま部屋に立てこもっているということ。そのような状況は債務整理においては往々にして珍しくありません。ただ一点、いつもの状況と異なるのは扉の向こうの大きな窓ガラスが粉々に割られて、そちらからがやがやと話し声が聞こえてくるのです。
首を傾げながらもそっと窓の方に向かってみると、部屋の中には三人の男性がおりました。一人はシャツとジーパン、一人はスーツ姿の男性、そしてもう一人は制服の警察官です。スーツと警察官は土足のままでした。スリッパ履きの私服の方がもちろん債務者なのでしょう。先方様と目が合ったので私はぺこりと頭を下げ、ご挨拶させていただきました。
「何か事件でもあったのですか」私は債務者に声をかけました。
債権者は法律スレスレの行動に出るものですが、普通は窓ガラスを割ったりはしません。器物損壊に該当してしまい、債権が回収できなくなるためです。ただし、返済において話し合いが並行線を辿ってもみあいになったり、もしくは債務者の方が激昂して暴挙に出ることもあり得るかもしれません。しかしそのような場合でもよほど悪質な闇金でもない限り、債権者は部屋に入ったりしませんし、何より双方ともに警察沙汰になりたいとは考えないはずです。
警察も債権者もそこから入ってきた様子ですので、私ももう一度頭を下げてから、割られた窓から部屋にはいらせていただきました。
「窓ガラスが割られているようですが……」と債務者に声をかけた途端、なぜか債務者でも債権者でもなく、警察官が気まずそうな顔をしてうつむきました。それとひきかえに債権者がにやにやと笑っているのです。
話を聞いてみると、警察に通報したのは債権者でした。
債権者がいくら取立てに来ても債務者がまったく顔を出さないため、債権者のスーツ姿の男性は、自分が債権者であることを伏せて「知り合いなんですけど、何回訪れてもまったく返事がないのです。扉にはサラ金の名刺が山ほど刺さってますし。もしかして自殺でもしてしまったのではないかと思うと気が気ではなくて……」と警察に連絡したと言うのです。交番のお巡りさんは「すわ、一大事」とばかりに窓ガラスをたたき割って部屋に踏み入ったところ、債務者様は部屋で雑誌を読んでいたと、そういう事態だったようです。
「いやいや、ご無事で何よりですわ」吹き出しそうな顔でこちらに声を放った債権者と、黙りこくっている警察官の苦虫を噛み潰したような表情とが今でも瞼の裏に焼き付いています。
結局、警察の事情聴取が一段落して、こちらのお客さまは自己破産と言うかたちに落ち着くことになりました。仕事で稼ぐどころか部屋からも出られない。いくら部屋に立てこもっていても、利息が増すばかりで何一つとして良いことはないのです。
このように債務整理は事務手続きをすることではありません。債務整理とはその一件一件に人間ドラマがあるのです。